中小企業の賃金制度の実態(2009年版中小企業白書より)
中小企業の賃金水準が近年伸び悩んでいることや、賃金水準の平均値は大企業に比べて低いものの、大企業の平均賃金水準を上回る賃金水準を実現している中小企業も数多く存在しています。こうした賃金水準について、そもそも中小企業はどのような要素をもとに設定しているのであろうか。そして、中小企業は、従業員の意欲や能力を発揮させるため、どのような賃金の制度設計を行うことが有効なのか。中小企業庁が実施した各種調査から、中小企業の賃金を巡る実態が見えてきます。
1.中小企業の賃金水準の実態
(1)大企業と中小企業の賃金水準
2007年時点において、中小企業では、正社員の平均給与が29.8万円、非正社員の平均給与が12.1万円となっており、大企業では、正社員が38.3万円、非正社員が13.4万円となっている。非正社員の平均給与については、大企業と中小企業で差が小さいが、正社員の平均給与については、大企業と中小企業でやや大きな差があります。
(2)年齢階層別の賃金水準
大企業も中小企業も給与水準が30~34歳から50~54歳にかけて年齢が高くなるほど上昇しているが、中小企業は大企業に比べて上昇のスピードが緩やかです。これは、大企業の賃金が年功序列の性格が相対的に強い一方、中小企業の賃金が年功序列よりも成果給の性格が強いことを示唆しています。大企業の製造業は年功序列の性格が相対的に強い一方、中小企業は製造業・非製造業にかかわらず、年功序列よりも成果給の性格が相対的に強いと考えられます。
2.年功賃金と成果主義賃金
(1)企業が重視している賃金体系
中小企業庁が2008年11月に実施した「人材マネジメントに関する実態(人材アンケート)調査」をもとに、大企業および中小企業に対して、年功序列と成果給のどちらを重視しているかを聞いた結果によると、企業の従業員規模が大きくなるのにつれて、若干の差ではあるものの、「どちらかというと年功序列を重視している」という回答が増加する傾向が見られます。
これを製造業と非製造業で分けて見てみると、製造業では企業の従業員規模が大きくなるほど「どちらかというと年功序列を重視している」と回答する企業の割合が高くなる傾向が見られる一方、非製造業ではその割合が企業の従業員規模の違いで大きく変化しておらず、大企業の製造業の賃金カーブの傾きが相対的に大きかったことと整合的な結果と思われます。ただし、製造業と非製造業のいずれでも、全ての従業員規模のカテゴリーで、「どちらかというと成果給を重視している」と回答している企業の数が「どちらかというと年功序列を重視している」と回答している企業の数を上回っています。大企業でも中小企業でも、年功序列よりも成果給を重視する傾向が強いようです。
(2)年功序列のメリット・デメリット
従業員規模や業種によって賃金体系における年功序列の取扱いが異なる理由は何でしょう。一般に年功序列を重視した賃金体系の効果としては、長期間の勤続を促し、各企業に固有の知識・技能の蓄積を図ることがあると考えられています。実際、「人材アンケート調査」により、大企業や中小企業のうち年功序列を重視している企業にその理由を聞いた結果を見ると、「長期間の勤続を促し、知識・技能の蓄積を図るため」が最も多く、「成果主義の場合、個々の従業員の成果を評価する必要があるが、そのような評価を公平に行うことが困難なため」といった理由や「個々の従業員の成果よりも、従業員の調和やチームワークの尊重が重要であるため」という回答を大きく上回でいます。また、年功序列を重視した賃金体系が従業員に与える影響について、実際に企業はどのように感じているかについては、企業の従業員規模にかかわらず、「従業員の定着率が上がった」との回答が多く、実際に長期間の勤続を促す効果が一定程度あるようです。
一方、年功序列を重視した賃金体系のデメリットはどうでしょう。「人材アンケート調査」で企業側の認識としてはデメリットを挙げる回答が少なかったが、(株)野村総合研究所が実施した「仕事に対する満足度・モチベーションに関する調査」において、従業員に年功序列を重視した賃金体系の導入による影響を聞いてみたところ、「影響はなかった」という回答が最も多いものの、「仕事に対する意欲が下がった」という回答も次に多く、成果にかかわりなく年功で賃金が決まることで意欲が下がる従業員も少なからず存在することに留意すべきです。
(3)成果給のメリット・デメリット
どちらかというと成果給を重視している企業に対してその最も大きな理由を聞いたところ、企業の従業員規模にかかわらず、「従業員の意欲を引き出すため」と回答した企業が最も多く、次に「人事評価の重要性や納得性を高めるため」が多かった。また、成果給を重視した賃金体系が従業員に与える影響について、企業が実際にどのように認識しているかについては、やはり「仕事に対する意欲が上がった」との回答が多く、実際に効果をあげているようである。
一方、成果給を重視した賃金体系のデメリットとしては、一般に目標設定の陳腐化や個人主義の蔓延、成果を評価するための制度の運用の困難さ等があげられている。このことについて、中小企業は実際にどのような認識を持っているのだろうか。「人材アンケート調査」によると「成果を評価するための制度の設計が難しい」、「成果を評価するための制度の運用が難しい」と回答した企業の割合が高かった。また、従業員規模別の特徴を見てみると、「成果を評価するための制度の運用が難しい」と回答した企業の割合は従業員規模が大きくなるほど増加している。このように従業員規模が大きくなるほど、従業員個人を評価することが難しくなる様子が見て取れます。
(4)従業員が望む賃金体系
中小企業は、従業員の意欲や能力を高める観点から、実際に年功序列と成果給の要素をどのように組み合わせることが適当なのでしょうか。従業員規模の小さな企業に勤める従業員ほど、成果給を重視した賃金体系が良いと考える者の割合が高い傾向にあります。
次に、中小企業の従業員がそれぞれの賃金体系について何故良いと考えるかの理由についても見てみると、年功序列を重視した賃金体系が良いと考える理由については、「長期勤続の優遇が長期的視点に立った従業員の教育・訓練や従業員の自己啓発を促進するため」と回答した従業員の割合が高いです。
一方、成果給を重視した賃金体系が良いと考える理由については、「成果に応じた報酬が従業員の意欲を高めるため」と回答した従業員の割合が高く、企業側も成果給のメリットを従業員の意欲を高めることと考えており、この点で企業側と従業員側で認識が一致している。また、「中途採用された社員など勤続年数の短い人も公平に扱われるため」との回答もやや多くあります。これは、中小企業の賃金体系は大企業に比べて年功序列の性格が強くないことから、中途採用された社員や、育児のために休業し、その後復帰した社員など、同一企業での勤続年数が短い社員でも不利に扱われにくいことを示唆していると考えられ、また、実際に中小企業の正社員には中途採用者が多いのも事実です。。
(5)年功序列と成果給の効果的な組合せに向けて
重視する賃金体系の違いが、企業の損益にどのような影響を与えているかについて見てみると、どちらの賃金体系を重視している企業の方が業績は良いといったような明確な傾向は見られません。中小企業の経営者は、従業員の意欲と能力を最大限発揮させる賃金体系を構築し、運用していくため、自社の経営戦略を勘案しつつ、従業員の意識や仕事への取組状況をしっかりと把握した上で、年功序列と成果給の要素を適切に組み合わせた賃金体系となるよう検討していくことが必要と考えられています。
3.賃金水準に作用する要因
(1)労働生産性と賃金水準の関係
・統計から見た相関関係
中小企業の賃金水準には、どのような要因が作用しているのかを見ていくと、 賃金水準は、従業員一人当たりが生み出す付加価値額、すなわち労働生産性と密接な関係があると考えられています。経済産業省「企業活動基本調査」(2006年)を再編加工したものによると、大企業でも、中小企業でも、労働生産性が高い企業は、従業員一人当たりの給与額も高いという傾向が明確に確認できる。また、労働生産性の水準の伸び率が高い企業は、従業員一人当たりの給与額の伸び率も高い傾向となっています。以上のとおり、労働生産性と賃金水準の間には明確な相関関係があることが分かります。
・企業経営者の認識
企業の経営者は、正社員の賃金水準や伸び率を検討するのに当たり、「自社の利益率の水準や上昇幅(あるいは下落幅)」に次いで、「正社員全体の労働生産性(正社員一人当たりの付加価値額)の水準や伸び率」を考慮している、と回答した企業が多いです。
従業員規模にかかわらず、自社の利益率の水準や伸び率、正社員全体の労働生産性の水準や伸び率を重要な要素として考えています。したがって、大企業と中小企業の労働生産性の水準の差が、大企業と中小企業における正社員の賃金水準の差を生む大きな要因と考えられます。また、中小企業の賃金水準が伸び悩んでいる背景には、労働生産性の上昇率が低いことが考えられます。
(2)賃金水準の高い中小企業の特徴
・業種別の中小企業の賃金水準
個々の中小企業について、労働生産性の高い企業は賃金水準も高い傾向にあることを見た。労働生産性の水準は業種ごとに差があるため、中小企業の賃金水準も業種ごとに差が生じることとなる。中小企業では、金融・保険業、情報通信業の賃金水準が高いです。中小企業の正規雇用者の19.5%は、大企業の正社員の平均賃金水準を上回る賃金水準となっているが、当該正社員はどのような業種に属しているか見てみると、中小企業の正社員全体が属する業種の構成比の小さい情報通信業や金融・保険業の比重が高くなっています。
一方、中小企業の正社員全体が属する業種の構成比の大きい製造業、建設業、卸売・小売業の比重は低くなっているものの、これらの業種が、大企業の平均賃金を上回る中小企業の正社員の多くを占めています。したがって、中小企業の賃金水準は業種ごとに差があるが、同じ業種内でも、労働生産性の水準の相違等を反映して賃金水準に差があることが分かります。
・高い賃金水準を設定している中小企業
他の業種や同業他社よりも高い水準の賃金を「大部分の社員に設定している」と回答した企業は、従業員規模20人以下の企業で12.6%存在するなど、いずれの従業員規模の企業でも、他の業種や同業他社より高い賃金を設定している企業が一部存在することが分かります。
他の業種や同業他社よりも高い賃金水準を設定している理由について見てみると、従業員規模の大きい企業ほど、「高い賃金水準により多くの入社希望者を募り、面接等を通じて能力の高い人材を採用するため」という理由を挙げる企業が多いです。
一方、「自社の正社員の労働生産性の水準が他の業種や同業他社より高いため」という理由を挙げる企業は、従業員規模が小さい企業で目立ちます。 従業員規模20人以下の企業では、労働生産性の高さを理由に、他の業種や同業他社より高い賃金設定をしている企業の割合が高いです。
以上を総合すると、高い賃金水準を設定している中小企業は、求職者を惹き付けるためというよりも、労働生産性の水準を意識し、その水準の高さを賃金水準に反映させているといえます。
4.労働生産性の向上に向けて
以上のとおり、中小企業は、労働生産性の水準を反映して賃金水準を設定しており、労働生産性の水準が高ければ、大企業の平均賃金水準を上回る賃金水準を設定している中小企業も実際に多く存在し、それは業種にかかわらない。
したがって、中小企業の賃金水準を向上させるためには、労働生産性の向上に取り組んでいくことが必要です。中小企業は、労働生産性の向上のため、業務上の無駄の排除、ITの活用等による生産効率の向上や、新たな製品やサービスの開発や供給等による付加価値の増大に取り組むとともに、賃金水準と相関関係にある労働生産性の向上の重要性について従業員と認識を共有し、従業員が意欲的に仕事に取り組み、付加価値を作り出す能力を高めていくべく、経営者と従業員が共に努力していくことが重要であるといえます。
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